2022年2月20日 星期日

柳田聖山與《胡適禪學案》中國禪宗資料集大成《柳田聖山與中國禪宗史研究》



此篇2012.7.9所集

胡頌平說,柳田聖山於1964年10月20日給他信 (2726),說日本花園大學有計畫出版"中國禪宗資料集大成"。.....然後一直沒聯絡上。他可能不知道此書《 胡適禪學案》嗎? 他一定不知道柳田聖山在1968年轉到京都大學....Richard de Martino 中文為戴馬定,  此文2726頁說 ,戴馬定在美國贈送過胡適七件巴黎的神會資料.....


禪與心理分析
台北:志文出版社1971 禪與心理分析 (孟祥森譯)
此 書很早在台灣就有翻譯本:  
by


早在1990年,花园大学国际禅学研究所的乌阿浦博士就主持禅籍的输入与禅数据库的建立。至1996年,录入了禅文献数十种,并在网上公布近30种关于禅 学的文献资料。这本是一个非常好的开端,可惜由于缺乏佛典的标点、校勘人员,工作的进度比较慢。并且花园网上的数据质量也是参差不齐,有的缺字很多。更有 甚者,自1996年以后,因该网站主要技术人员工作变动,网站遂一直处于停滞状态。


許多單位有"心"推動中國禪宗典籍叢刊或資料庫,詳情我不知道。

2011.12.25
柳田聖山編,《胡適禪學案》(台北:正中書局1974

目次

胡適博士肖像(入矢義高 藏)
出版原契
回憶胡適之先生(入矢義高 ) 1
入矢義高:追憶胡適
我和先生通信而建立了深厚的交情,是從1959年4月開始的。當時我任職京都大學人文科學研究所,1956年,該研究所購進了大英博物館所藏的全部敦煌寫本,立刻展開調查和研究的工作,我也是參加工作的一人,幾乎每天都埋頭於影片的閱讀。1957年,我發現《神會語錄》的心寫本(史坦因6557號)。在這以前,我曾熟讀胡先生的《神會和尚遺集》,熟知其內容後,我對先生傾倒於神會禪的研究熱情,欽佩得五體投地。於是,我便想把我的新發現,報告給先生;但以學疏才淺的後輩,竟冒昧地上書給世界聞名的碩學,不免躊躇遷延。意外的是在翌年,先生在《中央研究院集刊第二十九本》,發表了《新校定敦煌寫本神會和尚遺著兩種》,拜讀後,得知先生對神會的熱情尤熾,遂決心將上述的新發現用航(空)信寄上。當我收到先生高興的回信時,非常感動,我再被先生的機動熱情壓倒了。

胡適博士與中國初期禪宗史之研究(日文 柳田聖山 27/ 漢譯 李迺揚 )5


(這篇的結論對胡適之先生的評價,採用”同時代知識人”的佼佼者,吉川幸次郎教授,在1968年寫的《(胡適)其時其人》(折り折りの人/ 應時而興的人)。 值得注意的是,吉川所談的他們代表「哈佛委員會」到台灣開會,而《胡適之先生年譜長編》稱為「中日韓三國學者會議 」,1960年10月31日 胡適作一場”佛教史”的演講,《年譜長編》 有摘要 (pp.3349-50)。不過吉川說的重點/特色: “胡適在演講中自由引用日本的《續藏》和高麗的《大藏經》” (第45頁),《年譜長編》等,卻沒有(未)表現出來。)

…….最後,批評胡適為人,不妨借用吉川幸次郎博士所寫的《其時其人》(《吉川幸次郎全集第十六卷》)的一節,作為本文的結束。儘管當代國際知識份子追憶胡適的文章很多,恐怕無出其右者: 最後相會是又過了六年的昭和三十五年 (案:1960),去台北參加哈佛委員會。胡氏講演佛教史時,順口引用日本《續藏》和高麗《大藏經》,非常成功。又在中央研究院長的南港公館,共飲威士忌,大概是逝世的前一年。

世人對氏的毀譽兼半,毀之者連文學革命提倡者的功績,都想一筆抹殺,我認為不妥。氏之後,如氏之對日本的業績,有如此敏感的中國學者,恐怕不多見了。戊申六月二十三日 (案:1968年)

一九六八年所寫的這篇文章,也可以視為後進學者對胡適治禪的評價。……在相當期間還不能忽視胡適的遺業。……. (柳田聖山《胡適博士與中國初期禪宗史之研究》,柳田聖山編《 胡適禪學案》(台北:正中書局,1974,頁21-22))




胡適博士禪學年譜( 柳田聖山)  47


第一部

菩提達摩考 53
《壇經》考之一: 跋《曹溪大師別傳》(胡適 1930) 66
壇經考之二(記北宋本的《六祖壇經》)(胡適 1934) 76
白居易時代的禪宗世系94
荷澤大師神會傳(胡適 1930) 99
《楞伽師資記》序 (胡適 1931) 143
楞伽宗考(胡適) 153

附錄 196
〈從譯本裡研究佛教的禪法〉 197
禪學古史考 (胡適 1928) 215
論禪宗史的綱領 235海外讀書雜記 240


第二部 253
新校定的《神會和尚遺著》兩種後記 253
《神會和尚語錄》的第三個敦煌寫本《 南陽和尚問答雜徵義: 劉澄及解說》( 神會和尚遺集 )增訂版 333
跋斐休的唐故圭峰定慧禪師傳法碑 395
跋寶林傳殘本七卷 423
讀書隨筆 437 (採用胡適 原信1959.5.29) 記日本"入唐求法"諸僧的目錄裏的"南宗"資料


第三部
胡適談中國禪學的發展 (上) 一二講/ 458-2
胡適中國禪學的發展 (下) 三、四講
禪宗史的一個新看法  522
致入矢義高書簡544與入矢義高討論早期禪宗史料(只錄其五,待補 1959-60)
致柳田聖山書簡 614與柳田聖山談禪宗史綱 (胡適 1960)

第四部 658-1
Essay in Zen Buddhism by Daisetz Suzuki (First Series), From the Times Literary Supplement, Thursday, August 25th, 1927---724

Development of Zen Buddhism in China, From the Chinese Social and Political Science Review, Vol. XV, No. 4, January 1932, Peiping--722

Ch'an (Zen) Buddhism in China , its History and Method, from the Philosophy East and West, Vol. III, No. 1, April 1953, University of Hawaii Press--689
禪宗在中國:它的歷史和方法 (胡適)

An Appeal for a Systematic Search in Japan for Long-Hidden T'ang Dynasty Source-Materials of the Early History of Zen Buddhism, from Buddhism and Culture, Edited by Susumu Yamaguchi, delegate the Planning Committee for the Commemoration of Dr. Suzuki's Ninetieth Birthday, Kyoto, 1960--667



1974年12月柳田聖山編《胡適禪學案》,由日本東京中文出版社出版。書前有柳田的長篇題解《胡適博士與中國初期禪宗史之研究》。

日本柳田聖山主編。為胡適所撰中英文禪學著作之總集。內含、荷澤大師神會傳、神會和尚語錄、中國禪學的發展、Chán Buddhism in China, its History and Method 等二十篇文章。卷首有柳田聖山所撰胡適博士與中國初期禪宗史之研究、胡適博士禪學年譜等二文。


柳田聖山直筆書「福を得ること限り無し」 「柳田聖山先生・追悼ネット展」公開中
経過
2001.6.9 沼津市民文化センターにおいて全国良寛会総会が開かれた。総会の後、柳田聖山先生の記念講演「良寛は私です」がおこなわれた。柳田先 生は大変多忙の中を、信じられないことに数日間徹夜で、参加者全員に行き渡る程の1000枚~1500枚の書を用意してくれたとのことです。貴重な一枚が 写真の書「福を得ること限り無し」である。

本紙:柳田聖山 「福を得ること限り無し」
本紙の寸法:H7寸1分、W1尺1寸
掛軸の寸法:H3尺3寸4分、W1尺3寸4分
完成日:2001.8.7
掛軸の形式:大和仕立(三段表具)風帯なし

柳田聖山:
1922(大正11)年、滋賀県稲枝村(現彦根市)の禅寺に生れる。
臨済学院専門学校(現花園大学)、大谷大学、京都大学に学ぶ。抱石庵久松真一博士に師事、FAS禅に参加し、宗派仏教より離脱する。
1976年、花園大学教授を辞職し、京都大学人文科学研究所教授となる。
1986年、京都大学人文科学研究所長職をもって退職。
1986-87年、中部大学教授、花園大学国際禅学研究所長を経て、現在花園大学国際禅学研究所員、京都大学名誉教授、専攻は中国哲学・中国仏教・禅宗史。
1981年、「一休<狂雲集>の世界」(人文書院)で読売文学賞を受賞。
1990年、中国仏教の研究で紫綬褒章を受ける。中国四川省峨眉山に、良寛詩碑を建立する。
主な著書:
「初期禅宗史書の研究」(法蔵館)
「祖堂集索引」(京都大学人文科学研究所)
「ダルマ」人類の知的遺産16(講談社)
「十牛図-自己の現象学」上田閑照と共著(筑摩書房)
「沙門良寛-自筆本{草堂詩集}を読む」(人文書院)など。
また訳書に、「一休・良寛」、大乗仏典<中国・日本篇>26(中央公論社)など。

柳田 聖山(やなぎだ せいざん、旧姓:横井(よこい)、1922年12月19日 - 2006年11月8日)は日本中国禅宗史研究の第一人者。義父柳田謙十郎。は、西田幾太郎門下出身の哲学者、妻は茶道家柳田宗葩
1922年に滋賀県愛知郡稲枝村(現在の彦根市)の延寿寺臨済宗)に生まれる。
臨済学院専門学校(現在の花園大学)、大谷大学京都大学に学び、久松真一に師事してFAS禅運動に共鳴。中国禅宗史研究に於いて批判的資料研究を進め、資料が史実ではなく、その時代の要請によって製作されたことを見抜いた。
また、博覧強記なことで知られ、不勉強な後輩を一言の下に教化し、大正大学教授を務めた天台教学の関口眞大と共に「東の関口、西の柳田」と称された。
花園大学、京都大学、中部大学の教員を歴任し、1991年には紫綬褒章、1996年には勲三等瑞宝章を受章した。



胡適禪學案 / 柳田聖山主編
臺北市 : 正中, 民64[1975] 臺初版
柳田聖山與中國禪宗史研究( 何燕生 中國禪學(第五卷)2011)

柳田聖山/ 中國禪學第三卷 2004/2006 第3卷/2011第五卷

"柳田聖山與中國禪宗史研究 "可能稍全面介紹柳田先生的旨要 ( 何燕生 中國禪學(第五卷)2011

"WHAT WAS THE BEST TIME AND PLACE TO BE ALIVE?"文末介紹先生反鄉
發現日本的發展已讓他無家可歸
先生最想見禪宗初期的一些大師.....

中國禪學(第五卷) CHAN STUDIES



柳田 聖山(やなぎだ せいざん、旧姓:横井(よこい)、1922年12月19日 - 2006年11月8日)は日本中国禅宗史研究の第一人者。義父柳田謙十郎。は、西田幾太郎門下出身の哲学者、妻は茶道家の柳田宗葩。
1922年に滋賀県愛知郡稲枝村(現在の彦根市)の延寿寺臨済宗)に生まれる。
臨済学院専門学校(現在の花園大学)、大谷大学京都大学に学び、久松真一に師事してFAS禅運動に共鳴。中国禅宗史研究に於いて批判的資料研究を進め、資料が史実ではなく、その時代の要請によって製作されたことを見抜いた。
また、博覧強記なことで知られ、不勉強な後輩を一言の下に教化し、大正大学教授を務めた天台教学の関口眞大と共に「東の関口、西の柳田」と称された。
花園大学、京都大学、中部大学の教員を歴任し、1991年には紫綬褒章、1996年には勲三等瑞宝章を受章した。

目次

略歴

  • 1922年 滋賀県稲枝村(彦根市)にて誕生
  • 1940年 滋賀県立彦根中学校を卒業
  • 1942年 臨済学院専門学校(現在の花園大学)を卒業、永源寺僧堂で修行
  • 1948年 大谷大学を卒業、京都大学文学部聴講生となる
  • 1949年 花園大学仏教学部の助手に就任
  • 1950年 講師に昇格
  • 1954年 助教授に昇格、柳田姓に改姓
  • 1960年 教授に昇格
  • 1968年 文学部長に昇格
  • 1976年 京都大学人文科学研究所教授に就任
  • 1985年 人文科学研究所所長に就任
  • 1986年 所長を定年退官、京都大学名誉教授、中部大学教授に就任
  • 1988年 花園大学文学部教授、国際禅学研究所所長に就任
  • 1989年 蔵書14,000冊を禅学研究所へ寄贈、柳田文庫となる
  • 1990年 峨眉山良寛詩碑を建立
  • 1992年 市民団体である環境市民の共同代表となる
  • 1993年 自宅を禅学研究所へ寄贈、柴門館となる
  • 1996年 所長を退任、没時まで終身研究所員

受賞歴

著作

  • 日本の仏教 第9巻.臨済の家風 筑摩書房、1967 抜粋訳・解説
  • 初期禅宗史書の研究 法藏館、1967
  • 破るもの 春秋社 1970
  • 臨済ノート 春秋社、1971
  • 臨済録 佛典講座30.大蔵出版 1972、新装版2008
  • 禅の遺偈 潮文社 1973
  • 禅の山河 NHKブックス.日本放送出版協会、1975
  • 禅思想-その原型をあらう 中公新書、1975
  • 夢窓 (日本の禅語録. 第7巻) 講談社、1977
    • 新版「夢窓 語録・陞座・西山夜話・偈頌」 講談社〈禅入門5〉、1994
  • 一休 「狂雲集」の世界 人文書院、1980 読売文学賞
  • ダルマ (人類の知的遺産 16.講談社)、1981 / 講談社学術文庫 1998
  • 中世漂泊 法蔵館、1981
  • 禅語の四季 淡交社、1982
  • 純禅の時代‐祖堂集ものがたり 禅文化研究所、1984
  • 禅と日本文化 講談社学術文庫、1985
  • 中国撰述経典1-仏教経典選 筑摩書房、1987 
  • 禅の時代 栄西・夢窓・大灯・白隠 筑摩書房、1987
  • 一休.良寛 (大乗仏典.中国・日本篇26) 中央公論社、1987
  • 禅語余滴 禅文化研究所、1989
  • 沙門良寛 自筆本「草堂詩集」を読む 人文書院、1989
  • 未来からの禅 人文書院 1990
  • 花園界隈 大東出版社 1992
  • 達摩の語録 二入四行論 ちくま学芸文庫 1996
  • 柳田聖山集 全6巻 法藏館 1999-刊行中(2006年までに以下4巻刊)
    • 1巻 禅仏教の研究
    • 2・3巻 禅文献の研究
    • 6巻 初期禅宗史書の研究
  • 良寛 漢詩でよむ生涯 NHKライブラリー・日本放送出版協会 2000
  • 狂雲集 中央公論新社:中公クラシックス 2001
  • 良寛道人遺稿 同上 2002
  • 臨済録 同上 2004
  • 唐代の禅宗 大東出版社 2004
共編著
論文(ごく一部)
  • 祖堂集の資料価値(『禅学研究』44号、1953年)
  • 灯史の系譜(『日本仏教学会年報』19号、1954年)
  • 馬祖禅の諸問題(『印度学仏教学研究』17-1号、1968年)
資料集
  • 柳田聖山先生著作目録(『花園大学研究紀要』8号、花園大学、1977年)
  • 柳田聖山教授喜寿記念論集(『禅文化研究所紀要』24号、1998年)



懷念柳田聖山先生 (方廣錩 )
http://www.douban.com/group/topic/21821669/

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我手頭有一份剪報,是1992年5月25日柳田聖山先生發表在《朝日新聞》上的一篇隨筆,名為《與自己相會》(自分と出会う)。當年柳田先生正好70嵗。 文中敍述他前一年初訪韓國伽耶山海印寺,面對那一排排《高麗藏》版片時的感受:“面對著留存至今的《高麗藏》的版片,就好像與長久以來一直存放在另一處的另一半身軀,漸漸合為一體。版片是底片,而我的身體就是毫不走樣的正片。陰陽合體,收回生機。這部書在中國出現已有1000年,在高麗雕版已有750年。 那是我前生的遺體,必須竭力回歸。”最後“必須竭力回歸”的日文原文是“自分で引き取ねばならぬ”,正確的翻譯應該是“必須用自己回歸”。怎麽叫“用自 己”回歸?我想柳田先生在這裡是指用自己的全部生命、全部精力、乃至不惜一切地尋求這一回歸,所以翻譯時用了“竭力”一詞,但遠不能反映出柳田先生那一刹 那心靈的感受與決斷。......
說明
館藏地 索書號 條碼 狀態 說明
總圖2F人社資料區 226.6 4761-1 [鄰近架位館藏] 1362541 可流通


禅文献の研究 / 柳田聖山著 京都市 : 法藏館, 2001-2006 初版

唐代の禅宗 / 柳田聖山著 東京都 : 大東出版社, 平成16[2004] 初版 初期禅宗史書の研究 / 柳田聖山著 京都市 : 法蔵館, 2000 初版 禅仏教の硏究 / 柳田聖山著 京都市 : 法藏館, 1999 初版

禅と文学 / 柳田聖山編集.解說 東京都 : ぺりかん社, 1997 初版
一休 : 狂雲集 / 柳田聖山著 東京都 : 講談社, 1994 一休 : 「狂雲集」の世界 / 柳田聖山著 京都市 : 人文書院, 1980 初版

夢窓 : 語録.陞座.西山夜話.偈頌 / 柳田聖山著 東京都 : 講談社, 1994

中國禪思想史 / 柳田聖山著; 吳汝鈞譯 臺北市 : 臺灣商務, 民81[1992] 二版

禪與中國 / 柳田聖山著; 毛丹靑譯 臺北市 : 桂冠, 1992[民81] 初版 禅与中囯 / 柳田圣山著; 毛丹靑譯 北京市 : 三聯, 1988 第1版

十牛図 : 自己の現象学 / 上田閑照,柳田聖山著 東京都 : 筑摩書房, 1992
沙門良寛 : 自筆本「草堂詩集」を読む / 柳田聖山著 京都市 : 人文書院, 1989 初版
禪林僧寶傳譯注 / 柳田聖山編京都市 : 京都大學人文科學研究所, 昭和63[1988
禅と日本文化 / 柳田聖山著 東京都 : 講談社, 昭和60[1985]
祖堂集索引 / 柳田聖山編 京都市 : 京都大学人文科学研究, 1980-1984
図說日本仏教の原像 : インド.中国.朝鮮 / 井ノ口泰淳, 柳田聖山, 竺 京都市 : 法蔵館, 昭和57[1982]
臨濟錄抄書集成 / 柳田聖山主編 Lin-chi lu ch'ao shu chi ch'eng 京都市 : 中文, 民69[1980]


ダルマ / 柳田聖山撰 東京 : 講談社, 昭和53[1978]
六祖壇經諸本集成 / 柳田聖山主編 Liu tsu t'an ching chu pen chi ch'eng 京都市 : 中文, 昭和51[1976]
絶観論 : 英文訳注,原文校定囯訳 / 常盤義伸,柳田聖山[編] 京都市 : 禅文化研究所, 昭和51[1976]
胡適禪學案 / 柳田聖山主編
臺北市 : 正中, 民64[1975] 臺初版


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無の探求(中國襌) / 柳田聖山,梅原猛同撰 東京 : 角川, 昭和48-49[1973-1974] 4-9版* 禪家語錄 / 西谷啓治,柳田聖山編 東京 : 筑摩書房, 昭和47[1972] 第一刷 中世禪家の思想 / 市川白弦,入矢義高,柳田聖山校注 東京都 : 岩波書店, 1972
初期禪宗史書の硏究 / 柳田聖山著 京都市 : 法藏館, 昭和42[1967]
臨濟錄 東京 : 大藏, 昭和61[1986] 四版 無の探求<中国禅> : 柳田聖山,梅原猛著 東京都 : 角川書店, 昭和53[1978] 10版


*部分譯為 柳田聖山 《中國禪思想史》

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